登場人物のほとんどが、実在する小説家や詩人と同姓同名なのですが、お話の中身は、マフィアとギャングと探偵組織の大戦争です。
孤児院を追い出されて飢え死に寸前だった中島敦という少年が、入水自殺に失敗して川を流れていた太宰治という青年を、引きずり上げて助けたところから、このとんでもない物語が始まります。
この作品のなかの彼らは、文豪ではありませんが、普通の人間でもありません。
生まれつき、とんでもない能力をもっていて、そのために、普通の人々の社会からはみだして孤立しています。
たとえば、中島敦少年は、自分でも知らないうちに、恐ろしい虎に変身して、相手かまわず攻撃してしまいます。
本物の中島敦が書いた小説、「山月記」を読んだことのあるひとなら、モデルになっているのが、主人公の李徴(りちょう)だろうなと思うでしょう。李徴も、虎に変身する人だからです。ただ、小説の李徴と、マンガの中島敦少年は、生い立ちも性格も、だいぶ違います。
「山月記」の最初のほうに、李徴の性格が書かれていますが、古い言葉で書かれている作品なので、ほげ子さんには、読みにくいと思います。
ちょっとだけ、書き写してみますね。
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自みずから恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
これをスラスラ読める小学生がいたら、ちょっと怖いですね(^_^;)。
なので、「山月記」の最初のところだけ、わかりやすく書きなおしてみました。
いまから1300年ほども昔のこと、中国の隴西(ろうせい)というところに、ものすごく頭がよく、勉強のできる、美しい少年がいました。
彼の名前は、中島敦…ではなくて、李徴(リチョウ)さんといいました。
若いうちに、科挙(かきょ)という難しい試験に合格して、軍事や警察の仕事をする役人になれたのですが、頑固でプライドが高くて、自分はもっと偉くなって当然だという、強い自信があったため、自分の仕事に満足することができませんでした。
李徴さんは、あまり長く働かないうちに、役人を辞めてしまい、故郷に戻ってニートとなり、ひきこもって人付き合いもせずに、ひたすら詩を書くことに熱中しました。
李徴さんは、こう思っていました。
「身分の低い役人になってしまったら、自分よりも頭の悪い、くだらない人間の部下として、ペコペコと頭を下げなくてはならない。そんなことは絶対にいやだ。それよりも、有名な詩人になって、自分が死んだあとまでも名前を残そう」
けれども、詩人としての評判は、なかなか上がりませんでした。
そのころからだんだんと、李徴さんの顔つきは、けわしくなり、やせて骨ばかりになってしまって、目ばかりがギラギラと光るようになりました。科挙に合格したころには、ほっぺたがふっくらとした美少年でしたけれど、そんな面影(おもかげ)は、どこにもありません。
詩ばかり書いていて働かないのですから、何年かたつうちに、すっかり貧乏になってしまいました。
有名な詩人なるのは無理だと思った李徴さんは、奥さんと子どもを養(やしな)うために、もう一度、役人として就職することになりました。
けれども、李徴さんがニートをしていた間に、かつて一緒に試験に合格した役人仲間たちは、すっかり偉くなってしまっていました。若いころに馬鹿にしていた連中に命令されながら働くことは、プライドの高い李徴さんにとって、たまらなく悔しいことでした。
なにもかもがつまらなく、苦しく感じてしまうストレスからか、李徴さんは、どんどん様子がおかしくなっていきました。
再就職してから一年目、仕事の出張先で、李徴さんは、とうとう、完全に心が壊(こわ)れてしまったようでした。真夜中に、旅館で目覚めて飛び起きると、わけのわからないことを叫びながら、外の暗闇へ飛び出して走り去り、そのまま二度と戻ってこなくなってしまいました。
宿のそばの山や野原を探しても、何の手がかりもありません。
その後、李徴さんがどうなったのかを知っているひとは、誰もいませんでした。
……
小説は、このあとも、まだ少し続きます。
行方不明になっていた李徴さんが、たまたま再開した友人と、虎の姿で再会し、お話をするのです。
李徴さんは、自分に起きた不思議な出来事や、その理由、いまの自分の気持ち、残してきた家族への思いなどを語ります。虎になってしまうと、自分をコントロールすることができなくなり、いろいろな生き物や人間を殺して食べてしまったこと、ときどき人間の心を取り戻すけれども、だんだんそれが難しくなってきていることを、告白します。
マンガのほうの中島敦くんも、李徴さんと同じように、孤独に苦しんでいますが、お話のなかで、虎になる自分をコントロールすることができるようになりますね。さらに、強い能力を使って仲間を守ったり、同じような苦しみを持っている人を助けようとしたりしながら、少しづつ、人間らしいあたたかな世界へと近づいていくようです。
マンガは、いま九巻くらいまで出ていて、まだ続くようですが、中島くん、幸せになれるでしょうか。